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 津軽海峡を渡る

(1) 竜飛海底駅
青函トンネルを見学するために,早朝,新幹線<はやて>で東京を発ち,八戸で特急<白鳥>に乗り継いで昼過ぎには津軽海峡線/竜飛海底駅に着きました。この駅は自由に乗降できる駅ではなく,事前に「海底駅見学整理券」の入手が必要 です。

駅といってもプラットホームに相当する「側壁部歩行路」は狭く, 車中から直接「連絡誘導路」と呼ばれる坑道に入ります。
そのため,列車は2両目ドアが「連絡誘導路」に接続する位置に停車し,このドアからのみ乗降することが出来ます。

(右写真)
先の方が緩やかな下り坂になっている「連絡誘導路」入口です。突き当たり奥には「誘導路」が見えています。この駅は津軽半島・龍飛崎の直下で,海面下140mだそうです。

下写真)
「連絡誘導路」を抜けて「誘導路」に入りました。途中で分岐し,左側の明るい通路を行くと「竜飛斜坑線」を経て地上に通じ非常時の脱出路にもなります。右側,薄暗い方は 北海道側まで通じています。

竜飛海底駅には通常の駅としての役割は有りません。ただ,海底駅の見学者の場合は竜飛斜坑線(ケーブルカー)で「記念館駅」まで上がると,ここから外部との出入りができます。

青函トンネル関係の資料は斜坑線の「駅」を兼ねている記念館と記念館前の野外,海底駅の通路内の3箇所に展示されていました。

(右写真)
「青函トンネル竜飛斜坑線」は長さ778m,勾配250‰の直線レール上を1両の車輌がワイヤーで引かれて上下する構造です。地上に出られる「記念館駅」に停車した「もぐら号」はモグラに似ています。

(下写真)

海底駅で乗降する列車は指定されており,時間に余裕があっ
たので龍飛崎にも行くこと出来ました。灯台や「津軽海峡冬景色」の歌碑,津軽海峡が望めます。

再び特急<白鳥>に乗車し,函館駅には夕方5時半過ぎに着きました。翌朝,函館駅で写真を撮っていると後ろから声を掛けてこられる方がおられました。
思いがけない場所であり,振りかえると前日,「海底駅」を案内していただいたJRの方でした。今日はホームでマイクを握り乗車案内をされています。前日のお礼を述べ,帰路の函館=青森間は特急で約2時間,津軽海峡線を一気に通過しました。

青函トンネルは多くの人命を失い,技術と不屈の精神の結晶として作りあげられています。外から見ることのできない建造物だけに 海底駅に実際に立つことなしには,多くのことを本当に理解することが出来なかったと思います。

(下写真)
青函トンネル竜飛海底駅/下り線「側壁部歩行路」から青森方向を見たところです。

既設の狭軌レールの外側にレール1本を増設し3線にすると新幹線を通すことが出来るように最初から作られています。写真ではトンネル中心側にそのレールスペースがとられているのが分かります。
年間を通して坑内の温度と湿度が一定なので,レールは52.57kmの超ロングレールが使用されているそうです。

(2)青函連絡船

はじめて青函連絡船で津軽海峡を渡ったのは車で北海道を旅行したときでした。当時の旅行は鉄道中心で,今日のようなバスツアーは皆無,自家用車で長距離の旅行をする人も少数派でした。

このように車での旅行者が少ない時代でも青函連絡船による航送となると話は別で,船一便に乗船できるのは乗用車が6台という限られた数です。
この乗船券の発売は東北・北海道の主な5駅に東京・新宿駅を加えて各駅1枚ずつという割り当てだったと思います。
手に入れるために航送1ヶ月前,発売開始と同時に新宿駅で購入したのを記憶しています。

一方,高速道路の無い時代では道路事情も悪く,青森までの750kmを毎日10時間以上走り続けて2泊2日を費やしています。更に,車を船に載せるには出港2時間前までに桟橋に行かなければならず,前日は浅虫温泉に宿泊待機し翌朝は食事抜きで青森桟橋まで車を走らせました。

(右写真)
狭い螺旋状のスロープを何周したか分からないほど回り,船尾/最上階の甲板にワイヤーで固定された6駅/6台の乗用車です。
船腹は主要な「船客」である貨車で満杯です。この船はあくまでも鉄道連絡船であり自動車は片隅に載っています。

通常の方法では乗船出来ない早い時間帯から車と共に船に潜り込んだ形ですから,国鉄連絡船の出港準備の舞台裏を船内を駆け回って覗くことが出来ました。

(左写真)
家を出てから3日目,青森で乗船してからでも6時間以上,やっと到着した函館駅前です。

数日後再び青函連絡船に乗り,東北地方/中央山間部の道まだ,ほとんどが未舗装を2泊2日で走 り抜けて家に帰りました。

それにしても北海道の国道は舗装率が高く道幅も広くて立派でした。逆に交通量は極端に少なく,旭川から稚内までにすれ違った車は数えるほど,この間の信号機は名寄にたった一ヶ所あったことを憶えています。

車と共に津軽海峡を渡ってから,かなりの年月が経ちました。竜飛海底駅見学の際に青,函で見た連絡船時代のわずかな面影です。

(右写真)旧青森駅桟橋とその先に係留されている連絡船八甲田丸です。桟橋の3列,6本のレールはそのまま船内に続いていた時代もありました。

(下写真)函館駅にある函館本線,0kmポスト(距離標)の裏面です。左側には縦書きで,0k219m00の表記があります。
気になったので丁度巡回中の保線の方に伺うと,ここから桟橋まで219mのレールが伸びていたことを示している・・・とのことでした。

(2006.7.記)

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